方言文法研究から見えてくるこれからの日本語文法研究 方言特有の文法形式の記述をめぐって

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日本語の複数の基本条件形式は、その使い分けの煩雑さを避けるために、日本語教育の現場では、比較的制約が少ないとされるタラ形式を使用することが促される傾向にある。特に、ナラ形式はきわめて限定的にしか取り上げられず、その結果、学習者の使用頻度はタラに比べて圧倒的に低い(有田2016)。

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    2016 年日本語教育国際研究大会パネル発表 2016 年 9 月 9 日(土)   異なる体系から見る日本語文法研究   有田   節子(立命館大学) 1   中田   一志(大阪大学) 2  GORAN VAAGE (神戸女学院大学) 3  RATTANAPONGPINYO PRATYAPORN (大阪大学大学院生) 4   パネルセッションの主旨   本パネルセッションは、外国人研究者を含む日本語研究者にとって真に必要な日本語文法研究はどうあるべきかを取り上げる。日本国外における日本語教育の担い手の多くは非母語話者である。日本語を自国で学んでから日本に留学する学習者も少なくない。この傾向はさらに進むと考えられ、外国人研究者を含めた日本語研究者の研究の方向性が重要である。   日本語の文法記述は、直感に訴える微妙なニュアンスの違いが詳細に説明される傾向にあった(日本語記述文法研究会編の『現代日本語文法』シリーズ(くろしお出版)など)。近年、「現代日本語書き言葉均衡コーパス」(国立国語研究所)等の大規模コーパスによりその記述の妥当性の検証(野田春美編( 2016 )『日本語のモダリティのコーパス調査報告—『現代日本語文法』の記述の検証』(科研費報告書)など)がなされ、日本語母語話者の日本語研究者が大規模コーパスを通して母語である日本語を再認識することが盛んになっている。また、日本語学教育の意義についての議論(福嶋健伸・小西いずみ編( 2016 )『日本語学の教え方—教育の意義と実践』(くろしお出版)など)も高まりつつあり、これも主に日本語母語話者に対する日本語学教育についての提案と言える。   本パネルは、日本語(標準日本語)と異なる体系を持つ外国語や日本語の地域語、あるいは異なる文化の視点に立つことで初めて明らかになるいくつかの事例を通して、非母語話者が主体的に行う研究・教育に資する日本語文法研究のあり方について議論する。   パネリストは日本語母語話者2名と非母語話者2名によって構成される。有田発表では、日本語学習者・教育者を悩ませる学習項目の一つである条件表現を取り上げ、その複雑さの象徴とも言える「モダリティ制約」について、佐賀方言の方言条件形式「ぎー」「ない」の分析を通して疑問をなげかける。中田発表では、終助詞研究を題材に、日本語母語話者による従来の記述では「確認」を表す形式であるということに重きが置かれすぎて、見過ごされてきた重要な面があることを指摘する。 VAAGE 発表は人称表現とユーモアという2つの現象を取り上げ、非母語話者が日本語の人称表現を適切に使いこなすために、また、日本の笑いを面白いと思うようになるために、背後にある「体系」「構造」に注目することを提案する。 PRATYAPORN 発表では、日本語とタイ語における「無形モダリティ」の意味のずれを通して、日本語母語話者によって直観的に記述されてきた「確信」という概念の再検討の必要性を示唆する。   1  ARITA, Setsuko. Email: sarita@fc.ritsumei.ac.jp 2  NAKATA, Hitoshi. Email: hn.1516@cjlc.osaka-u.ac.jp 3  Email: vaage@mail.kobe-c.ac.jp 4  Email: p.ratanapong@hotmail.com    方言文法研究から見えてくるこれからの日本語文法研究   方言特有の文法形式の記述をめぐって   有田   節子   1. 使用制約中心の文法記述における問題 日本語教育のための文法記述は、多くの場合、個々の文法形式の使用制約が中心となる。そのような文法記述を参照する教師は、特に初級段階では、制約の少ない形式の使用を促す傾向にあり、学習者もそれにならって、少ない形式で広範囲のことを表現しようとする。   初級レベルで学習した文型については、その使用が硬直化する傾向にあることはしばしば指摘されている(遠藤 2008 など)。初級段階で制約が多いというレッテルを貼られた文法形式は、中上級レベルになっても使用機会に恵まれず、そのことが豊かな表現力を身につけることが阻まれる可能性がある。   教育の現場で当たり前のように扱われている使用制約は、果たして言語事実を反映しているのだろうか。この発表では、その複雑な使用制約のために教師や学習者を最も悩ませている学習項目の一つである条件表現をケーススタディとしてとりあげる。 よく知られているように、条件表現は、いわゆる後件のモダリティに関する複雑な制約がクローズアップされ、制約が比較的少ないとされるタラ形式の使用が促される傾向にある。その結果他の条件形式は、タラが使えないとされる限られたコンテクストでのみ使用されることになる。 日本語学習者あるいは日本語教師のために編まれた日本語文法書の条件表現に関する説明は、初級レベルから上級レベルまで一貫して、使用制約が中心で、なかでも後件のモダリティ制約に関する記述が多い。 初級レベルの代表的な教師用文法書である『初級を教える人のための文法ハンドブック』には、ト文の後件に意志・希望・命令・依頼などの表現が来ることがないこと、バ文の後件には、原則として、意志・希望・命令・依頼などの表現が来ることはないが、前件の述語が状態性の場合、および前件と後件の主体が異なる場合はその例外となることが明記してある。タラについては、使える範囲が最も広く、タラが使えない場合を知っておけば不自然な文を作らずにすむこと、そして、タラが使えないのは「前件のことがらを仮定して後件にその帰結に対する話し手の判断、命令、希望、意志などを述べる場合(「〜なら」を使う場合)」(p.226)であると述べている。 上級レベルの学習者用文法書の一つ『シリーズ日本語文法演習 ことがらの関係を表す表現 ―複文―』における記述も、基本的に変わりはない。ナラが「相手の発話や様子にもとづいて話し手の考えを述べる」(p.8)ものであること、「XナラY」と「XタラY」の違いについては、XよりYが先であるような関係をナラが表せるのに対しタラが表せないことが述べられているが、タラが使えないときに使う形式という扱いは上記の初級レベル用のものと同じである。特定の教師用・学習者用文法書の記述内容ではあるが、このような傾向は多かれ少なかれ、日本語教育の現場にもあてはまるのではないだろうか。   では、このような傾向が学習者の産出に影響を与えている面はないのか。学習者コーパス「多言語母語の日本語学習者横断コーパス」( I-JAS )の書き言葉におけるタラ、ナラの出現数を見ると、タラが 297 例に対し、ナラは 78 例で、この 78 例のうちの 22 例が「なぜなら」なので、これを差し引くと 56 例になり、ナラはタラの 5 分の 1 以下の使用数である。比較のために「現代    日本語書き言葉均衡コーパス」( BCCWJ )の 2000 年代に書かれたブログ(コア)での使用状況をみたところ、ナラ 54 例に対しタラ 178 例で、ナラはタラよりも使用頻度は低いものの、学習者コーパスほど極端ではない。   数値だけでなく、ナラに前接する品詞や活用形のバリエーションについても違いが認められる。学習者コーパスにおけるナラ56例のうち、前接するのが名詞なのは27例で、約半数を占め、動詞は13例に留まり、その活用形は基本形のみである。一方、母語話者ブログの場合は、名詞句20例に対し、動詞は16例で、基本形だけでなくタ形、〜テイル形も含まれる。いわゆる準体形式「の」あるいはその口語形「ん」を含む例も見られる。 学習者コーパスのデータは設定されたタスクに基づいた作文であり、母語話者が自由に書いたブログと単純に比較することはできない。しかし、制約の少ないタラの使用を促され、それが使えないときに使う形式として導入されたナラの使用が抑制されている可能性があるのではないだろうか。 2. 九州方言に見られるナラおよびナラ相当形式の分布   ナラは本当にタラに比べて使用できる範囲が狭いのだろうか。ここでは、ナラまたはナラ相当形式が標準語よりも広く使われるとされている九州方言をとりあげ、標準日本語との違いについて考察する。  2.1 方言における条件形式と九州方言の特徴   方言の条件表現形式については、三井( 2009 )でも指摘されているように、一部地域を除いては、方言特有の形式はそれほど見られず、むしろ、標準語とも共通する類義形式バ、ト、タラ、ナラのそれぞれの分布に地域性があると言われている。   そんななか、九州方言には、条件を表す方言形式があり、その方言形式の分布が地域毎に特徴が見られることが指摘されている。本発表がとりあげる佐賀県は、標準語でバ・タラによる表現の多くがギーという方言形式によって表される。   ギーの用法および地理的分布に関する最近の包括的な研究である三井( 2011 )では、特にギーの用法が広い地域として佐賀西部に位置する武雄市で調査を実施し、この地域において、ギーが、共通語の条件表現形式の持つ用法のうち、「並列・列挙用法」(「机の上には、リンゴもあれば、柿もある。」)と「終助詞的用法」(「こっちのも食べたら。」)という言わば周辺的な用法を除く、広い範囲にわたって分布していることが報告されている   。  2.2 佐賀方言の条件体系と方言条件形式の特徴  2.2.1  条件文の分類   本発表では、佐賀市で生まれ現在も住んでいる 30 代の男性への 2009 年、 2014 年の 2 度のインタビュー調査で得られたデータを分析の対象とする。面接調査により、標準語で書かれた調査文を示しながら、方言でどのように表現するかを答えてもらった。   調査文の作成においては、有田 (2007)(2012) の以下に示す条件文分類および方言文法研究会の調査項目を参考にした 注1 。   ・予測的条件文…前件が発話時以降に成立したと仮定して後件が成立することを予測して述べる条件文(「明日雨が降れば、試合は中止になるだろう。」)   ・認識的条件文…発話時点で真偽が定まっているが話し手がその真偽を知らないような事態について、それが成立したと仮定して、後件に話し手の判断や態度を述べる条件文。(「お隣に泥棒が入ったんなら、うちも気をつけないといけないね。」)      ・反事実的条件文…事実に反していることを話し手が知っている(または信じている)ような前件が成立したと仮定して後件が成立することを述べる条件文。(「あの日試験を受けていたなら、留年せずにすんだだろうに。」)   ・総称的条件文…前件と後件の関係が一般的・習慣的であるような条件文。(「この薬を飲めば気分がよくなる。」「小学生の頃は、放課後になると外で遊び回ったものだ。」)   ・事実的条件文…前件も後件も事実であるような条件文。(「部屋に入ったら、猫がすやすやと寝ていた。」)  2.2.2  佐賀方言の条件体系と方言条件形式の分布の概要   佐賀方言において、ギーは基本形にもタ形にも接続する。佐賀方言には標準語のナラに相当するナイ(バ)という方言形式があり、この形式は、ナラ同様、基本形にもタ形にも接続する。すなわち、佐賀は基本形+ギー/タ形+ギー/基本形+ナイ(バ)/タ形+ナイ(バ)の条件形式2種×時制形式2種の4種の対立がある地域と言える。   表1 標準語と佐賀方言の条件体系の相違   共通語では、時制形式の対立があるかないかで、(ノ)ナラと他の3つの形式が明確に区別される。有田 (2007) では、時制形式の対立のある節を完全時制節、対立のない節を不完全時制節と呼び、発話時点で真偽が定まっていることを前提にして条件を述べる認識的条件文には完全時制節を導く(ノ)ナラが優先的に選ばれることを論じた。  1.1 節で述べたように、日本語教師が参照する文法書の記述では、ナラの「相手の発話や様子にもとづく」という面と、前件が後件よりも時間的に後の関係をナラで表すことができるという面だけに焦点があてられ、なぜそのような性質をナラが持つのかという説明は十分になされていない。それというのも、(ノ)ナラの使用自体が抑制されているので、(ノ)ナラの全体像が十分に把握されていないからだと思われる。(有田 2016) 佐賀方言の場合、先述のように主要な2つの基本条件形式がともに時制の対立があるのだが、その4種の対立は概ね次の表のようにまとめられる。ここで「✓」は問題なく使用されることを意味し、「 # 」は使用可能だが特別な含みがあること、そして、「✓」は特定のアスペクト形式を伴って使用されることをそれぞれ示している。 表2 佐賀方言の方言条件形式の分布   表2からこの方言では、認識的条件文は基本的にはナイ(バ)というナラ相当の形式によって表されることがわかる。佐賀方言のナラ相当形式の分布は、少なくとも日本語教育の文法書に記述されている「タラが使えないときに使うナラ」とはずいぶん異なると言ってよい。   日本語教育で重要視される「後件のモダリティ制約」は佐賀方言に存在するのだろうか。標準                         語でバ・タラによって主に担われる予測的条件文は、佐賀方言ではギーによって表されるが、結論からいうと、バ形式にあるとされる後件のモダリティ制約のような制約をギー形式に認めることはできない。   しかしながら、ギーが現れにくい場合がある。それは、他に可能な選択肢がないような場合である。たとえば、「大人になったらパイロットになりたい。」「(ご飯を食べている人に対して)ご飯食べたら、歯をみがきなさい。」のような例では、「大人にならない」「ご飯を食べ終わらない」という選択肢が通常の状況では考えにくい。このような例で、「大人になっぎー」「ご飯を食ぶっぎー」のように言うことはできないのである。ギーの出自が限定を意味する「ぎり」である可能性を考慮すると、ギーが用いられるには限定された範囲内と範囲外が想定される必要があると捉えることができる。  3. おわりに: 方言文法研究と文法教育   九州方言を見る限り、ナラあるいはナラ相当形式は、認識的条件文を中心に、確固たる使用域がある。日本語教育用文法書にあるような「タラが使えない場合に使う」というような限定的な使用とは性格が異なる。こうした文法書が標準日本語におけるナラあるいはタラの使用実態を適切に反映していない可能性がある。   同様のことは、バの使用制約についても言えることであり、後件のモダリティ制約というよりも、むしろ、佐賀方言のギーに見られる「条件節事態以外の選択肢」が想定されているかどうか、ということの方が本質的な可能性がある 注 2 。 日本語教育の対象が標準日本語で、標準日本語の直観を母語話者が持っていることは疑いのないことだが、その直観を学習者が理解しやすい形にするためには、異なる文法体系を持つ言語を通して見ることが有効である。方言もその一つであることを示した。   注 1 :ただし、条件形式による表現のすべてがどれか一つに分類できるということを主張しているわけではない。また、これらの分類は相互に関連しあっていて判別しがたい例もある。   注 2 :佐賀方言と標準日本語の条件表現体系が異なるのだから、両者を関連づける必要はないという考えもある。バの後件のモダリティ制約については別に議論する。(有田 2016b )   【参考文献】   有田節子( 2007 )『日本語条件文と時制節性』くろしお出版 . 有田節子( 2012 )「複文研究の一視点―時制とモダリティの接点としての既定性―」『日本語の文法』 12-2. 有田節子( 2016a )「日本語教育における ( ノ ) ナラ条件文の扱いについて-認識的条件文の重要性-」『言語科学研究』 6. 有田節子( 2016b )「日本語の構造から見たト、バ、タラ、ナラ」にほんご茶論講座 講義ノート ( 2016.7.30  大阪市)   庵功雄・松岡弘・中西久美子・山田敏弘・高梨信乃( 2000 )『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』   スリーエーネットワーク   遠藤直子( 2008 )「日本語学習者による初級文型~テモイイのとらえ方について -- 「初級文型の硬直化」の問題から」『日本語教育』 137. 小川誉子美・三枝令子( 2004 )『日本語文法演習 ことがらの関係を表す表現   ―複文―』スリーエーネットワーク   三井はるみ( 2009 )「条件表現の地理的変異—方言文法の体系と多様性をめぐってー」『日本語科学』 25. 「多言語母語の日本語学習者横断コーパス」(「 I-JAS ( International corpus of Japanese As a Second language )」)国立国語研究所   「現代日本語書き言葉均衡コーパス」 (BCCWJ)  国立国語研究所  
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